レポート

第2回 江戸時代に生まれた村社会―その特質をさぐるー

神戸大学大学院人文学研究科・奥村弘教授による講義、「地域の成り立ちと構造」。

第2回では、江戸時代の村の成り立ちから、現代に通じる地方自治がどのようにして生まれてきたのか、重層的な地域の構造を紐解いていきます。

計画された「都市」、多様な生業の混在する「在方」
江戸時代、武士の存在とともに突如現れた「都市」は、職能と地域とが計画的に構成されていました。古地図を見れば一目瞭然ですが、かつて篠山市は、城郭を持つ「都市」であったのです。
一方、「在方」と言われる農村では、百姓の他、鍛冶屋や古着屋など、人々が様々な役割を担いながら村を構成していました。運輸が発達し、少しずつ仕事が貨幣で代替されるようになると、それぞれの村で営まれていた生業や商いが衰退し、”百姓”=”農民”になっていきます。

村の重層性
江戸時代の村とは、藩領や幕府に税を納める一つの単位でしたが、その村よりもさらに大きな組織として、山や川(水路)を単位とする「村連合」(「郷」、「荘」ともいう)があり、村連合をとりまめる「大庄屋」や「総代庄屋」がおり、さらにそれらを領主や幕府が治めていました。
村々は、広い範囲で重層的に結びついていました。篠山の各地でも、祭礼などの文化に見られる形として、現代に引き継がれています。

移住者等に対して開放的な村、封建的な村、などと言われることがありますが、
それらは、いずれも村のメンバーシップのつくり方の問題だと、奥村先生は仰います。

地域への洞察を深めるためには、史実から、地域の成り立ちを構造的に理解する視点を踏まえていることが鍵となりそうです。

第3回では、近代に至る、地域社会の形成の過程とその構造について学びます。

ファシリテーター:はしだ