レポート

第4回 丹波・篠山の地勢と集落立地

「地域の成り立ちと構造」第4回。後半3回は、丹波の森研究所 研究員/篠山市景観室 室長 横山宜致先生による講義です。

丹波地域の景観を土地利用から紐解き、時間をかけて形成し継承されてきた空間秩序の仕組みを学んでいきます。

景観―地域を守る知恵を継承するまちづくり
「景観」とは、ながめそのもの、対象としての「景」と、その対象を眺め感じる”主体”である人の「観」る動作とで構成されています。
すなわち、観る人のその対象に対する知識や経験があるほど、豊かになるものなのです。
篠山の「景観」には、人々の地域を守る知恵が息づいている、と横山先生。
篠山市景観室では、それらの知恵を継承するまちづくりのために、先駆的な条例整備や計画策定等に取り組んできました。

集落がいま、ここにある意味
民俗学者・柳田国男は、農村の空間構造を、ムラ(家屋)・ノラ(農地)・ヤマ(里山)から成ると説きました。丹波地域の各地では、現在もこの構造が多くみられます。
写真や地図でみると、山端や高台に集落があり、集落の中心に寺院があり、集落の端に家々を守る鎮守があり、その外側に田畑と水利が拡がっているのが一目瞭然です。
篠山では、東西に通じる加古川水系流域の標高が最も低く、人々は水害を恐れ、竹の柵で河川を覆っていました。それが「篠山」の地名の由来となった原風景だそうです。
また、篠山市の現在の19小学校区は、古代よりそれぞれの支流を共同利用してきたコミュニティであったことが、水系図を見ればよくわかります。
集落がその場所にあるのは、昔の人々がよりよく生きるための知恵であったのです。

今回は、比較的地形の理解がしやすい篠山市味間奥や、丹波市春日町等を事例にみていきましたが、次回はより篠山市を中心に、その地勢を紐解いていきます。

ファシリテーター:はしだ